昨年度以来、後期は座学の準備とゼミのための勉強に余白がすべて費やされてしまうのだが、その合間を縫って弾丸で旅行して勉強をするようにしている。そうでもして知見を広げないと教える仕事がままならないし、旅行自体は(計画を含めて)全くストレスにならない性格なので、むしろ心身の健康が保てるのである。教員になるまでは肩書きなんて無いに等しかったから、知らない人に会いに行くのは非常に億劫だった。どこの馬の骨かわからないやつが突然訪ねてくるのも変な話だし、そんなやつに貴重な時間を割いてもらうのも気が引けるからだ。まあ僕が訪ねて来られる立場だったら、そういう無謀な出会いは嫌いじゃないし、ソウルさえあれば人は分かり合えると思っているけれども。ともあれ肩書きができたことでフットワークが軽くなったことは確かで、嗚呼、これは教員になった恩恵の一つだなと感じている。教員である以前に一人の人間であることは忘れたくないし、教員という立場で人に会うことがいいことか悪いことかはいまだにわからないけれども、今は動き続けたいと思う。とはいえ、初対面の人と話がうまく続かないことも多く、そもそも私は本音で人と話すのが苦手なのだと気づかされるのであるが。
9月某日「プロジェッティスタ城谷耕生展」(雲仙市小浜町)
授業の課外旅行で知り合った小浜のデザイナー古庄さん。その師匠である城谷さんの展覧会が、地元小浜で開催される。城谷さんはイタリアでエンツォ・マーリやアキッレ・カスティリオーニの薫陶を受けて帰国し、東京で家賃を払うために仕事をするのは嫌だと言って、地元に帰ってプロジェクトを始める。地方に居を構えてデザイナーとして生きていくことの覚悟たるや相当なものだったと思うが、確固たる信念があったのであろう。東京で仕事をしていると、お金のための仕事や、企業の予算消化のためだけの仕事を受けることも多々あり、いつしかデザインの本義を忘れてしまいそうになる。私から見ればそれだけでヒーローなのだ。
焼き物の職人たちに手ではなく頭の使い方を教えるマーリ氏のやり方に学び、下流(プロダクト)ではなく上流(暮らし)に遡ってデザインを考える城谷さんの思考は、今最も必要なものではないだろうか。個人的には城谷さんと多木さんがカルヴィーノの『見えない都市』をモチーフとして制作した舞台美術の写真集に非常に感銘を受けた。あとで多木さんに話を聞いてみると、カルヴィーノが大好きだということで、勝手にシンパシーを感じる。展示を見た後はオープニングのトークショー(4時間!)へ。小浜温泉という決して交通の便が良くない日本の涯てみたいなところのイベントに100人以上の人間が集まる奇跡に立ち会う。そして皆なんらかの志を持った目をしていて、再会を懐かしんでいる。本当にこんな生き方をしている人たちがいるのか、と感涙すること正確に4回。隣にいる元ゼミ生たちに気づかれないよう目頭を熱くする。
9月某日「DESIGNEAST」(大阪・北加賀屋)
小浜から帰り、大学で企画した多木さんの課外講座を挟んで、大阪へ。デザインにまつわるトークショーと展示、書店や雑貨のショップ、食が一体化した、手弁当のデザイン会議。デスマーチ状態の9月のスケジュールの中で、土日で往復は流石にきついなと思っていたが、多木さんや奥津さんが企画参加していることもあり、意を決して西へと向かう。こうやって地に足をつけて根を生やす覚悟を持った人々の話は、何よりも心に響く。哲学者エマヌエーレ・コッチャ氏の「自然はもともと美しくもなんともない。生物は自分たちの都合の良いように自然を作り変えてきたのだ(だからわれわれは生物と自然との関係を積極的にデザインしていってよいのだ)。」という話は、完全に首肯できるわけではないが、考えさせられる話ではある。最近は、AIを植物に利用させて自ら環境を調整させるとか、そういう作品が流行っているらしい。バイオアートは生命倫理的に大問題だと思うが、AIとの付き合い方としてはありうる方向性を提示している。
食のブースのオーガナイズを担当していた奥津さんの無茶振りで会場にいた方々を紹介してもらい、すっかり色々な方のファンになって帰ってきた。小浜の古庄夫妻にも再会。こういうイベントが大阪にできて東京にできないはずはない、と思いながら新幹線に乗る。Home Shopさんでチリのレインスティック(傾けると雨の音がする杖状の民族楽器)を買ったら、たまたま来ていた奈良出身のゼミ生に「そんなの買って家で怒られないんですか」と怪訝な顔をされる。馬鹿者これが控えめな想像力だ。
10月某日「ドキュメンタリー道場in東京2025秋」(ユーロスペース/専修大学)
山形ドキュメンタリー映画祭の一環として年に1度開かれている作家同士の意見交換会、その名も「道場」。その出身者による作品を東京で上映するイベントで、初夏以来2度目の開催(多分)。映画とは世界のことを知ることができる最高のメディアなのだと実感できる作品群だった。詳細については別途。武蔵美の留学生環境整備費についてのドキュメンタリーを撮った川島さんと話す。
10月某日 奈良旅行
元々は滋賀に行くつもりだったのに奈良の話が盛り上がってしまったため、いつしか奈良旅行に。當麻寺、飛鳥寺、東吉野村、三輪山などを巡る3日間。東吉野ではオフィスキャンプの坂本さんのところに押しかけ、お忙しいにもかかわらず半日遊んでもらった。ナビの間違いで辿り着いた、地元の人たちが本気で法事をしている神仏習合の龍穴神社が忘れられない(しかも蜂の巣があって龍穴まで辿り着けず)。東吉野はまた小浜とも違うすごい生き方をしている人たちの集まり。都会から「困ってることないですか〜?」とやってくるお節介な企業の話を聞きながら、ソーシャルなんちゃらの馬鹿馬鹿しさを思う。それにしても奈良は団子とか餅とか素朴なお菓子がうまい。決して高くはない山々に囲まれた風景が非常に美しく、これを知ると京都は霞んでくる。
11月某日 ARCUS STUDIOオープンスタジオ(守谷)
芸祭休み中に茨城からはるばる小平まで訪ねてきてくれたインド出身の作家・アーキビストのアヴニー(久しぶりに英語を話したら全く話せず反省)。彼女が地図を使ったプロジェクトを完成させたとのことで、守谷へ。地域の地図を前にして地元の人たちに「失われた場所」についてのインタビュー取材を行い、その音声を別撮りの映像と合わせて1つに統合していくやり方に、地図コミュニケーションの未来を見る。アメリカで働きたいけど今はちょっとね、と話していたが、ぜひこういうプロジェクトを続けてほしい。アーティスト向けレジデンスでのコミュニケーションも懐かしかった。
11月某日「国宝 源氏物語絵巻」展(徳川美術館)
徳川美術館から徒歩15分のところに生まれながら、一度も見たことのなかった源氏物語絵巻をついに見ることが叶う。平日だから意外と空いている、というインサイダー情報を聞いて昼前に向かい、最初にある常設展を「ああ、この分だとすんなり見られそうだな」と思いながらゆっくり見進めていたが、最後の企画展示室前で突如3時間の行列。ポイ活アプリに嵌る老女2人の後ろで、精神統一しながら蝸牛にでもなった気分で待ちつづける。いくつもの角を曲がっていよいよ見られた絵巻は、今から800年以上前にこんなものが存在したことをにわかに信じるわけにはいかないような、技巧の極致だった。修復したにせよこんなに良い状態で残っているのは、巻子本の構造のなせる技か。それでも一番インパクトがあったのは、源氏物語の相関図であったが。数日後インフルエンザにかかる。
11月某日「伊勢物語」展(根津美術館)
骨董通りの人混みを掻き分けたどり着いた美術館の前には、ブランドのショッパーをぶら下げた西洋人たち。こやつら本当に興味があるんかいな、と思いながら会場へ。色紙、絵巻、和歌屏風と色々な形で伊勢物語を景色として楽しむ日本人はなかなか独特な民族である。途中で慶應の「嵯峨本の誘惑」展が会期終了間近だということに気づき、六本木経由のバスでギリギリ滑り込む。素庵の筆蹟の比較が見もの。サラリーマンでごった返す田町駅。そういえば芝浦工大が古いキャンパスだった頃に研究会で何度か通ったことを思い出す。でもこのあたりの風景はだいぶ変わったのではないかな。
12月某日「デザインの先生」展(21_21)
小浜での展示から非常にタイムリーな流れで行われている、イタリアのプロジェッティスタたちとドイツ・スイス系のゲシュタルターたちについての展示。小浜展の企画者の一人である田代さんがキュレーションされていて、部分的に多木さんも登場する。ムナーリの文字盤が全部脱落するスウォッチを見ながら、今の自分に必要なのはこれだと思う(疲れている)。
容器に蝶番をつける労働の退屈さを思い、蝶番ごとなくしたマーリの思想は、フォルムの問題以上に重要な示唆を含んでいる(それでいて彼はフォルマリストだったが)。誰かが映像で話していたように、なんでも褒めていれば世渡りがうまくいくところを、世界を敵に回してまでも自分の価値観を曲げないイタリア精神が、今日必要なのではないか。というよりも自分がそれを貫徹すべきだ。それにしても21_21は映像の音が大きすぎて作品鑑賞に支障が出るので、なんとかしてほしい。
12月某日 京都講演
大阪大学人類学教室の森田敦郎さんに招かれて、京都駅前のキャンパスプラザで小さな講演会をさせてもらう。シゴトで新幹線に乗るってかっこいい。それはさておき、テーマは視覚化と社会についてで、久しぶりに専門ど真ん中の話である(大学にいると、意外と専門の話をする機会がない)。人類学の先生や生徒さんたち、都市デザイナーの人たちに囲まれ、こんな話で良いのかなと思いながら一方的に話し続けるが、みなさん熱心に聞いて質問してくださって、美大生より話が響くなと思う。
お昼はベジタリアン対応のベトナム料理屋を探してくださって、会食。最近の人類学者はデータセンターの研究をしているそうで、そんなの面白いのかいなと最初は思ったが、AIのためのデータセンターはアクセス速度向上のために都会に作る必要があり、大阪にも続々と建てられているらしい。そして、結局はコンピュータの集まりなので冷却する必要があるため、自然冷却される北欧がデータセンター誘致に躍起になっていたりとか、大量の水が使われたりして環境問題を引き起こしているとか。皆がくだらない質問を投げかけるたびに地球は温暖化しているわけね。本当に馬鹿馬鹿しい。
食事の後は浄土寺にある森田さんの拠点に案内してもらう。古い病院を改装して居住環境の観測を行っているそうだが、いかんせん寒く、私は無理ですわ、と話す。この辺りは木材を運んでくる中継地になっていたとか、水の通り道になっているとか、東京では忘れ去られてしまっている歴史の層がいくつも感じられ、ここでダイヤグラムの授業をしたらいくらでもリサーチするネタがあると思う。京都駅でいつもの湯葉を買って、戦場の東京に戻る。